CALENDAR
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031 
<< August 2018 >>
PROFILE
SELECTED ENTRIES
ARCHIVES
MOBILE
qrcode

今日のひとこと<桃源山 明覺寺>

「桃源山 明覺寺」の住職が日々感じたことを綴ってゆきます。
<< 第20世住職として・・ | main | 御正忌報恩講 >>
教行信証のおことば
  『教行信証』のおことば(五)
 
真実の信心は
必ず名号を具す。
名号は必ずしも
願力の信心を具せざるなり

 
『この真実の信心には、
必ず名号(みょうごう)を称えるという
はたらきがそなわっている。
しかし、名号を称えても、
必ずしも
他力回向(たりきえこう)の信心が
そなわっているとは限らない』 (信巻)
 
 「信心」とは、
仏さまの教えを
信じて疑わないこころのことです。
「名号」とは念仏称名のこと、
つまり「南無阿弥陀仏」を
口に称えることですから、
「まことの信心を得たなら、
自然に感謝の気持ちで
名号を称えるものである」と理解できます。
 
しかし、
「南無阿弥陀仏」と称えるところに
阿弥陀さまのお救いを
信じるこころがあるとは限らないない
・と続いています
「願力(がんりき)」は、
すべての衆生(しゅじょう)を救うという、
阿弥陀さまのお誓いのことです。)
 
ここで
親鸞聖人がお示しくださっている「信心」は、
決して「私が阿弥陀さまを信じる」
という意味ではありません
聖人は
『念仏の衆生は
横超(おうちょう)の金剛心を窮(きわ)むる・・』
とも書いておられます。
 
「金剛心」とは
いつも変わることのない
確かな阿弥陀如来のおこころのことで、
「南無阿弥陀仏」と称えるのは
その慈悲のおこころが
届いている証に他ならないと仰っています。
 
私たちのこころは移ろいやすく、
不確かなものです。
そんな私たちに
はたらきかけてくださっている
お力そのものが、
念仏称名だと味わわせていただけます
 
合掌
| 今日のひとこと | 03:35 | comments(0) | trackbacks(0) | |









http://blog.meikakuji.main.jp/trackback/680